商品をつくった”その先”をどう育てているか
ジュエリーをつくれるようになったあと、どのようにお客様へ届け、ブランドらしさを育てていくのか。展示会の準備や接客、販売を続ける中で、多くの作り手が一度は立ち止まる問いだと思います。
「Designer’s Festa 2026(デザイナーズフェスタ)」でも、初めて出展したデザイナーから、「自分たちのブランドらしさを、もっと深く考える必要があると感じた」という声が寄せられました。お客様と直接向き合う展示会は、何をつくり、誰に、どう届けたいのかを見つめ直す機会にもなっていたように思います。
展示会終了後、生徒ブランドから届いたアンケートを読む中で、改めて話を聞きたいと思ったのが、アクセサリーブランド「RiLLi bijou」を手がける上杉侑季歩さんでした。
印象に残ったのは、展示会での売上だけではありません。「お客様にどのような時間を過ごしてほしいか」を軸に、ブースの見せ方や接客、ノベルティを考え、ブランドとしてやることと、あえてやらないことまで具体的に整理していました。
作品をつくるだけでなく、「ブランドとしてどう届けるか」を考え続けてきた上杉さんの経験には、これから販売を始めたい方にも、すでに活動している方にも、次へ進むためのヒントがある。そう感じたことが、今回のインタビューの出発点です。
上杉さんは、ラヴァーグへ入学する前からRiLLi bijouを立ち上げ、百貨店でのPOPUPなどを経験してきたブランドデザイナーです。
今回伺ったのは、ゼロからブランドを立ち上げた成功物語ではありません。すでに動き始めているブランドが、展示会という実践の場で何を確かめ、どのような課題に気づき、次へ進むために改めて何を学ぼうとしているのか。
展示会の準備やお客様との出会い、素材と向き合う制作姿勢、ブランドの成長によって見えてきた課題、そしてラヴァーグで広げようとしているこれからの表現について、上杉さんに話していただきました。
取材:ラヴァーグジュエリースクール講師 岡野匠吾
目次
Chapter 1|
ブランドの成り立ちについて
すでにブランド活動をしていた上杉さんが展示会で見つけたもの
岡野 ーーまず、今回の記事の前提から確認させてください。
上杉さんは、ラヴァーグに入学してから初めてアクセサリー制作や販売を始めたわけではなく、入学前から「RiLLi bijou」を立ち上げていましたよね。オンラインショップでの販売に加えて、百貨店でのPOPUPも経験されていました。
最初は、どのようにブランド活動を始めたのでしょうか?
上杉:最初はInstagramにアクセサリーを載せていたところ、次第に「購入したい」とのお声をいただくようになったのがブランドを始めたきっかけです。そこからBASEでオンラインショップを作ってローンチしました。
ブランドを始めて半年くらい経った頃、Instagramを見た企画会社の方から「POPUPに出ませんか」と連絡をいただいたんです。初めて出展したのが新宿のルミネで、その後は渋谷ヒカリエや京都高島屋などにも出展しました。
自分から企画会社に登録したり、出展先を探したりしていたわけではなく、Instagramに作品を載せていたところ、むこうから声をかけていただきました。
それまで、こういう販売の仕方があることもよく分かっていなかったのですが、実際に出展してみると、お客様に直接作品を見ていただき、試着していただけることがすごく幸せだと感じました。
最初は「自分がときめくものを作りたい」という気持ちから始めたブランドでしたが、お客様と直接お話しするようになって、ものづくりに対する考え方も少しずつ変わっていったと思います。
ーーブランド立ち上げ半年で!?
表立った販売実績や出展キャリアがない状態でいきなりDMがくることがあるんですね!
では、ラヴァーグへ入学する前の制作についても伺いたいと思います。
当時から、真珠の選定やアクセサリーの組み立てだけでなく、真珠に穴を開けてクリスタルを埋め込むような繊細な加工も、ご自身で行っていたんですよね?
一方で、ブランドを始める前は、素材や制作方法について十分な知識があったわけではなかったと聞いています。
制作経験ゼロの状態から、どのように技術を身につけていったのですか?
本当に何も分からないところからのスタートでした。
素材それぞれのメリット・デメリットも分かっていなかったです。
ただ、もともと真珠やキラキラしたものが好きで、「きれいな真珠はどこに行けば見つかるのだろう」と調べたら、いくつかの問屋街が出てきました。
業者向けのお店が多く、一見さんお断りのような雰囲気もありましたが、「行ってみなければ分からないよね」と思って(笑)。名刺を作り、「こういうものを作りたいんです」と直接お話ししました。
そこで出会った真珠業者の方が「応援したい」と言ってくださって、真珠の選び方だけでなく、パーツの素材や接着方法、強度を保つための加工まで教えてくださったんです。
そうして、真珠を一粒ずつ見て選ぶことや、金具と組み合わせてアクセサリーに仕立てること、真珠にクリスタルを埋め込む加工など、教えていただいたことを実際に作りながら身につけていきました。
真珠は層になっているので、穴を開けるときに強い力をかけるとヒビが入ってしまいます。
最初は細い針で少しだけ穴を開け、そこから針の太さを変えながら少しずつ広げていきます。クリスタルがきれいに見える位置や深さも、一粒ずつ見ながら調整していました。
分からないことは、知っている方のところへ直接聞きに行く。
教えていただいたら、きちんと形にして「こうなりました」と報告する。その積み重ねで、制作できるものを増やしてきたと思います。
ーー熱意と行動力で切り開いていったんですね。
そうして商品を作りはじめ、販売経験と真珠を扱う技術も積み重ねていた上杉さんが、改めてスクールで学ぼうと考えたのは、デザインや表現の幅をさらに広げたいと思ったからでした。
アクセサリーパーツやリングの形そのものをオリジナルで作る段階へ進みたい。そのために、ラヴァーグでは何を学びたいと考えていたのでしょうか?
いろいろと試行錯誤しながら、自分なりの組み合わせやデザインを考えていたのですが、だんだん、それ以上の形を作れないことが物足りなくなってきたんです。
例えばリングも、すでにできている金具を購入して真珠をつけることはできます。でも、「この金具自体を自分で作りたい」「リングの形からデザインしたい」と思うようになりました。
真珠を使ったRiLLi bijouのものづくりは続けながら、CADや彫金を学ぶことで、これまで表現できなかったデザインにも挑戦したいと考えました。
ジュエリーCADを使って自分が考えた形を作れるようになれば制作の幅が広がるだけでなく、加工にかける時間も減らせる為、私自身がお客様のことを考える時間も増やせるのではないかと思ったんです。
そんな折に友人からラヴァーグのことを聞き、CADを学べることにも魅力を感じて入学しました。まだ学びの途中ですが、作りたいデザインはすでにいくつもあるので、それを自分で形にできるようになりたいです。
ーー上杉さんにとってラヴァーグは、ブランドをゼロから始める場所ではなく、これまでの経験を土台に、技術と表現の幅を広げていく場所だったということですね。
そのため、今回のデザイナーズフェスタも初めての販売経験ではありません。すでにお客様と接してきた上杉さんだからこそ、単純に「何個売るか」ではない目標を立てていました。
はい。今回は売上や投票数を一番の目標にはしていませんでした。
それよりも、ブースに来てくださったお客様にどう過ごしていただくか、RiLLi bijouと出会った時間をどう楽しんでいただくかを大切にしていました。
私にとってPOPUPや展示会は、アクセサリーを販売するだけの場所ではなく、RiLLi bijouというブランドを体験していただく場所だと思っています。
第2章|
展示会準備について
商品を売る前に「どう過ごしてほしいか」を決める
ーーデザイナーズフェスタには、お客様の投票によって賞が決まる来場者投票企画もありました。
売上や投票数を目標にする考え方もあったと思いますが、上杉さんは、数値的な目標をあえて置かなかったんですよね。
それよりも先に「来てくださったお客様に、どのような時間を過ごしてほしいか」を考えていました。そこにはどんな意図があったのですか?
はい。今回は売上や投票数を増やすことよりも、ブースへ来てくださった方に楽しんでいただくことを一番の目標にしていました。
RiLLi bijouのブースで過ごした時間も含めて、「今日は来てよかった」「良い一日だった」と思っていただきたかったんです。
商品を購入していただくことはもちろん嬉しいのですが、人の感情を動かすことは、ものを販売すること以上に難しいと思っています。
だからこそ、何個売るかを最初に考えるのではなく、お客様にどのような気持ちで帰っていただきたいかを先に決めました。
ーーその考えを、頭の中だけに置いていたわけではなく、展示会の前にマンダラ式で書き出して整理していたところが印象的でした。
「お客様に楽しんでいただく」という中心のテーマから、ブース、ディスプレイ、企画、ノベルティ、POP、会話などへ分けて、ブランドとして”何をするのか”、反対に”何をしないのか”まで考えていたんですよね。
そうですね。私の頭の中は、考えていることがすぐに散らばってしまうので、何かを準備するときには一度書き出すようにしています。
今回は「どうすればお客様に楽しんでいただけるか」を中心に置いて、そこから必要なことを広げていきました。
例えば、「パールはどうやってできるのか?」という話に展開したときに貝殻をお見せして、「この部分の色が、こういうパールの色につながるんです」とお話しすると、皆さんとても興味深そうに聞いてくださいました。
素材の産地をお伝えするだけでなく、どのように育ち、どのような違いがあるのかまで、実物を見ながら知っていただくことで、パールそのものを楽しんでもらえたと感じています。
ひとつひとつは別の準備に見えますが、すべて「お客様に楽しんでいただく」という同じ目的につながっています。
書き出しておくことで、準備するものが増えたときも、「これは何のために行うのか」を確認しながら選べるようになりました。
ーー展示会の準備というと、商品数やディスプレイに目が向きやすいですが、上杉さんは、お客様が商品を見ている時間以外も含めて考えていたんですね。
ラヴァーグが用意したカフェチケットを活用し、暑い中来場したお客様へお渡ししたことも、その一つですね。
そしてその一方で「商品を購入する方向へこちらから会話を進めない」など、やらないことも決めていました。
カフェチケットは、ご来場いただいたお礼としてお渡ししました。
商品を購入していただいたかどうかに関係なく、飲み物を飲みながら少し休んでいただけたらと思ったんです。
反対に、商品を売ること”だけ”を目的にした接客はしないと決めていました。こちらから購入する方向へ会話を持っていくことはしません。
その日に購入されなかったとしても、「面白いブランドに出会えた」「楽しい時間だった」と思っていただけたら、それだけでも意味があると思っています。
目先の売上だけではなく、RiLLi bijouを知っていただき、またどこかで思い出してもらえる関係をつくること。
そのためにも、まずは私自身がその場を楽しみ、お客様と一緒に心地よい時間を過ごすことを大切にしました。
第3章|
売りこまない接客について
お客様の話を聞くことでブランド体験をつくる
ーー上杉さんの接客を見ていて印象的だったのは、最初から商品やブランドについて説明するのではなく、お客様との会話を自然に始めていたことです。
決まった声のかけ方や、接客の流れを用意しているのでしょうか?
実は、最初に何と声をかけたのか、あまり覚えていないんです(笑)。
決まった言葉があるわけではなく、世間話をすることが多いと思います。
いきなり商品やブランドについて説明するのではなく、まずはその方がどのような方なのかを知りたいんです。お洋服のことや普段の過ごし方など、自然な会話から始まって、その中でアクセサリーの話へ広がっていきます。
もう一つ意識しているのは、私自身が、お客様から見て話しかけやすい状態でいることです。
「商品を買ってもらわなければ」と考えすぎると、その緊張感はお客様にも伝わってしまうと思います。まずは自分が展示会を楽しみ、「この人と少し話してみたい」と思っていただける雰囲気でいることを大切にしています。
ーー「売りこまない接客」といっても、何も提案しないわけではありませんよね。
お客様が自由に見たいのか、詳しい説明を聞きたいのかを見ながら、声のかけ方や伝える内容を変えていたと思います。どのように距離感を判断しているのでしょうか?
ご自身から質問してくださる方には、素材や制作工程、ブランドの考え方まで詳しくお話しします。
一方で、まずは自分のペースで見たい方には、必要以上に声をかけません。気になったものがあれば自由に試着していただき、そこで初めて「普段はどのようなお洋服を着ますか」といったお話をすることもあります。
商品について聞かれたときも、良いところだけを伝えるのではなく、「こういうお洋服には合わせやすいですが、こちらの襟元だと少し見えにくいかもしれません」といったことも正直にお伝えしています。
大切なのは、同じ説明を全員にすることではなく、その方が知りたいことをお伝えすることだと思っています。そのためにも、私が話すことより、お客様のお話を聞くことを意識しています。
ーーなるほど。そのスタイルだから尚更”ブースの立ち寄りやすさ”、”手に取りやすさ”と”話しかけやすさ”が大切になってくるわけですね。
その接客の土台には、以前ドレススタイリストとして働いていた経験があるそうですね。
当時から、商品を勧める前にお客様を知ることを大切にしていたのですか?
そうですね。
ドレススタイリストとして働いていたときに学んだのは、お客様にとって大切なのは、商品を勧められることではなく、「自分のことを理解してもらえた」と感じられることだということでした。
結婚式への思いや、理想の雰囲気、体形や普段のお洋服などを伺ったうえで、「それなら、こういうドレスも似合うと思います」と提案します。先に相手を知ることで、ご本人も気づいていなかった魅力を引き出せることがありました。
当時は、接客したお客様が話していたことや、どのような方にどのドレスが合ったのかを、商品資料へ細かく書き込んでいました。聞かれたときに、必要な情報をすぐに出せるようにしていたんです。
RiLLi bijouでも、その考え方は変わっていません。
アクセサリーを先に勧めるのではなく、その方を知ったうえで、一緒に似合うものを見つけたいと思っています。
ーー上杉さんが目指しているのは、その場で購入してもらうためだけの接客ではなく、「また会いたい」「RiLLi bijouを覚えていたい」と思ってもらえる時間にすることなんですね。
軽く見に寄った方との会話にも、同じように時間をかけているのが印象的でした。
今回購入されなかったとしても、「面白いブランドがあった」「話していて楽しかった」と思って帰っていただけたら、それでいいと思っています。
長い目で見れば、今回の出会いをきっかけにInstagramを見てくださったり、別の展示会で思い出してくださったりするかもしれません。もちろん、そのまま購入につながることも嬉しいです。
ただ、最初から購入してもらうことだけを目的にすると、お客様との関係も、その場限りになってしまう気がします。
アクセサリーだけでなく、選んだ時間や交わした会話まで含めて、「RiLLi bijouに出会えてよかった」と感じていただくことが、私にとって理想の接客です。
第4章|
お客様に届いた姿勢
展示販売会でのエピソード
ーーデザイナーズフェスタ2026では、上杉さんが大切にしている「商品だけでなく、その場で過ごす時間も届ける」という考えが、お客様へ届いていたことを象徴するような出来事がありましたよね?
初日にブースを訪れたご夫婦とのことを教えてもらえますか?
そのご夫婦とは初対面で、おそらくデザイナーズフェスタのリピーター様だったのではと推測します。
最初は、奥様やお母様が普段身につけているジュエリーのお話から始まりました。そこから旅行や真珠のことなど、いろいろなお話へ自然に広がっていったと思います。
奥様は、RiLLi bijouで扱っているパールを「本当にきれいですね」と何度も言ってくださいました。天然の真珠は一粒ずつ表情が違うことや、その中から色味やテリ、ツヤのバランスを見て選んでいることをお伝えすると、とても興味を持ってくださったんです。
その中から、日常でも身につけやすいパールのリングを選んでくださいました。特別な日だけでなく、普段の装いでも本物のパールを楽しんでいただきたいという、RiLLi bijouの考えとも重なる選び方だったので、とても嬉しかったです。
制作の話をしている中で、「作るのは大変でしょう」と聞いてくださり、肩こりから片頭痛が起きることもある、など私の事もお話ししました。そうしたら旦那様が身体のケアに詳しい方で、症状を和らげる方法をその場でいろいろと教えてくださったんです。
ーージュエリーの話をきっかけにお互いの少しパーソナルな部分まで話す関係に進展したんですね!
そしてそのご夫婦との時間は初日だけで終わらず、最終日に旦那様だけが、もう一度ブースへ来てくださいました。
旦那様が一人で戻ってこられるとは思っていなかったので、「何かあったのかな」と少し不安になりました。
しかも、とても急いで来てくださったような様子だったので、購入いただいたリングに問題があったのかもしれないとも思ってしまって。
そのとき私は別のお客様を接客していたため、旦那様は隣のブースの方になにか預けて、帰ろうとされていました。
そこで一度接客中のお客様に一言お声がけしてから、旦那様にお声掛けしたところ、片頭痛の対処法をまとめた資料と、ツボ押しに使うシールを、わざわざ持ってきてくださっていたんです。
資料には、分かりやすいようにマーカーや書き込みまでしてありました。初日に少しお話ししたことを覚えていて、私のために準備してくださったことに、本当に驚きました。
「妻が帰ってからもずっと喜んでいて、私はそれがとても嬉しい」「あなたに出会えてよかった」と言ってくださった。
奥様にリングを喜んでいただけたことだけでも嬉しかったのですが、そのことを旦那様自身も喜び、わざわざ伝えに来てくださったことに感激しました。
「あなたに出会えてよかった」と言っていただいたとき、商品だけではなく、初日に一緒にお話しした時間も含めて受け取っていただけたのだと感じられました。
展示会の準備中は、制作や搬入などに追われて、気持ちに余裕がなくなることもあります。それでも、私は何のために展示会へ出ているのか、お客様にどのような時間を過ごしていただきたいのかを、もう一度思い出させていただいた出来事でした。
アクセサリーそのものはもちろん大切ですが、そこから生まれる会話やご縁も、ブランドがお届けできる価値の一つなのだと思います。
今回購入されるかどうかだけではなく、長い関係を築いていきたい。RiLLi bijouに出会った時間まで「楽しかった」と思っていただけるブランドでありたいという気持ちが、より強くなりました。
ーー初対面のお客様にそんなことを言ってもらえるなんて、まさに作り手が接客の現場に立ったからこそ得られる喜びですね!
僕達ラヴァーグスタッフも講師としても職人としてもお客様と直接対面しているので、こういうポジティブなリアクションをいただく事が励みになるし、今後もクオリティを向上させよう!というモチベーションになるところがとても共感できます。
モノつくりをしている全ての人に経験してもらいたいと思えるようなエピソードを話していただきありがとうございました!
生徒さんがこういう経験が得られたという話を聞くと、今年もデザイナーズフェスタを開催して良かったな、と講師の活力になります。
第5章|
ブランドの価値を伝える
見えない工程がブランドの価値になる
ーーここまで接客や展示会での体験について聞いてきましたが、RiLLi bijouの魅力を支えているのは、上杉さんが真珠に向き合う時間だと思います。
完成したアクセサリーを見るだけでは分かりにくい部分ですが、作品に使う真珠は、どのような基準で選んでいるのですか?
真珠は天然素材なので、一粒ずつ色味やテリ、ツヤ、形、大きさが違います。そのため、単純に同じサイズのものを並べれば、きれいに見えるわけではないんです。
特に大切にしているのは、色味とテリの統一感です。一粒だけが浮いて見えないように、隣り合う真珠とのバランスを見ながら組み合わせています。
同じ場所に置いて見たときと、実際に肌へ乗せたときで印象が変わることもあります。卸業者の方に「どのような真珠がきれいに見えるのか」「肌の上ではどう見えるのか」と細かく聞きながら、自分でも並べ方を試してきました。
例えば、同じ大きさの真珠を均等に並べるのではなく、首元に沿って自然なグラデーションに見えるよう、少しずつ大きさを変えることもあります。真珠を選び、最もきれいに見える組み合わせを探す時間は、制作の中でもかなり長いです。
でも、その選定に時間をかけることが、量産品とは違うRiLLi bijouの価値の一つだと思っています。
ーー素材や技術に向き合った分だけお客様に自分の言葉で伝えられますしね。
例えばこの真珠にクリスタルを埋め込んだ作品も、完成した状態だけを見るとその難しさまでは伝わりにくそうですが、これ実は結構神経使う作業なんじゃないですか?
個体差があるから、穴を開ける位置や深さなど一か所ごとに調整しながら加工する必要がありそう。
真珠は何層にも重なってできているので、力をかけすぎると、穴を開けた場所から横へひびが入ることがあります。
そのため、最初はとても細い針で小さな穴を開け、少しずつ針の太さを変えながら広げていきます。何粒も加工してきたことで、「この真珠は少し割れやすそうだな」と感じられるようにもなってきました。
クリスタルを埋め込む深さも重要です。深すぎると光が入りにくくなりますし、浅すぎてもきれいに収まりません。
正面だけでなく、横から見たときにも美しく見えるように、位置や角度を調整しています。
展示会でそのことをお話しすると、「前から見たときだけではなく、横から見たところまで考えられているんですね」「見た目以上に時間がかかっているんですね」と驚いてくださる方がいました。
完成したものを見ただけでは伝わらない工程も、お話しすることで作品の見え方が変わるのだと感じました。
ーーここまで聞いていると、上杉さんは真珠そのものをかなり深く知ろうとしていますよね。実際に養殖場まで足を運んだと聞きましたが、そこでは真珠以外にも気になったものがあったんですか?
はい。養殖場を訪れた時に、真珠を取り出した後のアコヤ貝の貝殻が、十分に活用されずに残っている様子を見ました。
内側には一つずつ異なる模様や虹色の輝きがあって、これほどきれいな素材なら、何かに活かせないかと感じたことが始まりです。
今は貝殻を粉砕し、トレーなどの素材に混ぜて活用するアップサイクル活動をしています。アコヤ貝は薄く、ジュエリーとして使うには耐久性の面で難しいため、何でもジュエリーにするのではなく、その素材に合った活かし方を探しているところです。
まだ小さな取り組みですが、真珠だけでなく、その背景にある素材にも目を向けていきたいと思っています。
ーー真珠の買付けから、色味や並べる順番の選定、穴を開ける位置や角度まで、素材に合わせて手を加えることで魅力を作っているんですね。さらに、ジュエリーにすることだけを前提にせず、役目を終えた貝殻にも、その素材に合った活かし方を探している。
RiLLi bijouの作品とアコヤ貝のアップサイクルは別の活動ですが、素材の魅力を自分の目で確かめ、その特性に合った扱い方を考える姿勢は共通していると感じます。
その努力と経験が品質としてお客様まで伝わるレベルに昇華できていることが、RiLLi bijouが選ばれている理由の一つだと分かりました。
第6章|
ブランドの継続について
伸びてきたことで直面した「一人で抱え込む問題」
ーーこれまでのお話を聞くと、真珠の買い付けや選定、加工、接客まで、上杉さん自身がかなり広い範囲を担当していますよね。
実際のところ、RiLLi bijouの運営はどこからどこまで一人で行っているのですか?
制作だけでなく、商品の企画、仕入れ、撮影、オンラインショップの更新、Instagramでの発信、お客様とのやり取りなど、基本的には自分で行っています。
商品が完成した後の梱包や発送、手書きのメッセージも、一つずつ準備しています。箱を開けた瞬間から喜んでいただきたいので、そこも大切にしたいんです。
ただ、ブランドが忙しくなるほど、私一人が動ける時間には限りがあることも感じるようになりました。
本当は新しい商品や企画を考えたいのに、目の前の制作や発送で時間が埋まってしまうことがあります。ラヴァーグへ学びに来ているのに、仕事が忙しくて通えなくなってしまう時期もありました。
やりたいことを続けるために、今のままでは長く続かないかもしれない、というのが現実的な課題です。
ーー真珠の選定や加工には、上杉さんが経験の中で身につけてきた感覚が必要です。一方で、すべてを自分で続けていたら、新しい商品を生み出す時間がなくなってしまう。
今後も自分で守りたい部分と、コストをかけて誰かに任せたい部分は見えてきていますか?
それが、どのように分けたらいいのか教えていただきたい部分です(笑)。
真珠を選ぶことや、最後の品質確認は、これからも自分で行いたいと思っています。仕入れ先の方との関係もありますし、自分が選んだ理由をお客様に説明できる状態にしておきたいんです。
真珠への穴開けやクリスタルを埋め込む加工も、単純に同じ作業を繰り返せばよいわけではありません。一粒ずつ状態が違うので、今のところは自分で行う必要があると感じています。
反対に、事務作業やオンラインショップの更新など、商品の品質に直接影響しない部分は、少しずつ仕組み化できるのかもしれません。
梱包や発送も任せられる部分はあると思いますが、手書きのメッセージには、そのときお客様と話したことを書いています。
印刷した同じ文章を入れるだけでは、私がやりたいこととは違ってしまうのでやらないと決めている。なのでどこまで任せるかが難しいと感じています。
ーー手書きのメッセージについては、僕も今のスタイルで続ける意味があると思います。
我々ラヴァーグスタッフが運営するジュエリーブランド「PUA ALLY」でも、接客したスタッフが、お客様との会話を思い出しながら手書きでメッセージを書いて商品に添える事を大切にしています。効率だけを考えれば印刷もできますが、そこには手書きだからこそ伝わるものがありますよね。
そうなんです!今まで周りからは、「手紙は印刷すればいい」「そこまでしなくてもいい」と言われることが多かったので、初めて分かってもらえた気がしました。
もちろん、すべてを今のまま続けるのは難しいと思っています。でも、何のために手間をかけているのかを考えずに、効率だけを優先したくはありません。
手書きのメッセージも、単に文章を添える作業ではなく、そのお客様との時間を思い出しながら、お礼を伝えるためのものです。
だから、作業を減らすことよりも、ブランドとして残したい部分を理解してくれる人と一緒にできる形を考えたいです。
ーー「何を任せるか」を決める前に、「なぜ自分で行っているのか」を整理する必要がありそうですね。
これは僕達も含めて、仕事を外注に出す際の共通の課題だと思っているのですが、依頼の解像度やマインド共有の深さがとても大事で、それを構築するには時間と労力がかかる。
ただ、作業を人に任せること自体は、決してこだわりや品質を手放すこととイコールではありません。
上杉さんにしか判断できない工程と、基準を共有すれば任せられる工程を分けていくことが、次の段階なのだと思います。
そうなんですよね。
理想は、私一人が頑張り続けなければ成り立たないブランドではなく、RiLLi bijouの考えを理解してくれる人と、チームとして育てていくことです。
ブランドが大きくなっても、真珠を一粒ずつ見て選ぶことや、お客様との時間を大切にする姿勢は変えたくありません。
守るべきところは守りながら、仕組みにできる部分は少しずつ整えていきたいです。RiLLi bijouというブランドそのものが、長くお客様に愛され続ける形を目指したいと思っています。
第7章|
次のステップに進むために
ラヴァーグで学ぶことで判断基準と表現の幅を広げる
ーー第1章でも少し触れましたが、上杉さんがラヴァーグへ入学した理由は、すでにあるRiLLi bijouをゼロから作り直すためではなく、形そのものからオリジナルデザインできるようになるためでした。
現在はCADを中心に学んでいますが、実際に作りたいデザイン、やりたいことが具体的に決まっているからCADとブランディングの授業(ブランド設立コース)の受講を決めたんですよね?
はい。RiLLi bijouで作りたいものもありますし、新しく立ち上げるブランド「TOORA」(トゥーラ)のデザインも、頭の中ではかなり固まってきています。
なのでCADを使いながら、リングや金具の形から自分で考えられている今はステップアップ中であることを実感しています。
制作のすべてを自分で行うのではなく、デザインや原型は自分で作り、その後の量産や仕上げは必要に応じて職人さんと分業することもできます。そうすれば、制作の幅を広げながら、お客様やブランドのことを考える時間も作れるのではないかと思っています。
ただ、まだ授業で具体的な商品を完成させるところまでは進んでいません。仕事が忙しくなると、どうしても目の前の納期を優先してしまい、ラヴァーグへ来る間隔が空いてしまうことが今の課題です。
ーー今回、TOORAで作りたいデザイン資料も見せてもらいました。
出展予定のイベントまでに形にしなければならないものがいくつもあるので、通常のカリキュラムを順番に進めるだけでは、間に合わない可能性もありますね。
まずは作りたいデザインをCADの担当講師にすべて見せて、制作に必要な操作やレッスンを整理しましょう。
基礎として先に学ぶ必要があることと、商品制作に直結することを確認して、出展日から逆算した進め方を一緒に考えた方がよさそうです。
そうですね。最初は「行けるときに行こう」と考えていたのですが、それだとどうしても、目の前の仕事が優先になってしまいます。
これからは「この曜日はラヴァーグへ行く」と先に決めて、定期的に通う時間を確保しようと思っています。
作りたいものは決まっているので、それを先生に見ていただき、「このデザインを作るには、どこまでのレッスンが必要なのか」「今は何を優先するべきなのか」を相談しながら進めたいです。
一人で考えていると、全部を同時に進めようとしてしまうので、優先順位を一緒に整理してもらえるのは助かります。
ーーCADで形を作れるようになることが、今回の大きな目的ですが、上杉さんは手作業の技術にも興味がありますよね。
CADだけで完結させるのではなく、彫金やワックスも学びたいと考えているのは、なぜですか?
CADで形を作った後も、金属になったものを仕上げたり、細かな部分を調整したりする工程があります。
実際に自分の手で仕上げてみることで、「この部分はもう少し厚みが必要だった」「ここは磨きやすい形にした方がよかった」と気づくことがあると思います。その気づきを、次のCADデータへ戻していきたいんです。
また、CADで正確に作った形に、手作業による表情を加えたいという気持ちもあります。ワックスや彫金を学べば、CADだけでは出せない形や質感を取り入れられるかもしれません。
技法を増やすこと自体が目的というより、作りたいデザインに合わせて、「今回はCADで作る」「ここは手で加工する」と方法を選べるようになりたいです。
強度や耐久性、着け心地、修理のしやすさまで考えながら、商品として安心してお渡しできる作り方を判断できるようになることも、これから学びたい部分です。
ーーラヴァーグ在学で得られるものは、講師から技術を教わることだけではありません。
デザイナーズフェスタでは、普段一人でブランドを運営していると出会いにくい、ほかの作り手との交流もあったかと思いますが、周りの生徒さんから受けた刺激はありましたか?
ありました。
普段は一人でブランドを運営しているので、同じようにものづくりやブランド活動をしている方と、フラットに話せる機会はあまりありません。
デザイナーズフェスタでは、隣のブースで扱っている素材について聞くと、その方が目を輝かせながら魅力を話してくれました。
自分が知らなかった素材や考え方に触れられることが、とても面白かったです。
年齢やこれまでの経験もさまざまですが、ブランドを成長させようとしている段階が近い方も多く、悩んでいることを共有したり、お互いの活動から刺激を受けたりできます。
技術だけではなく、ほかの人が何に魅力を感じ、どう表現しようとしているのかを知ることも、自分のブランドを考えるヒントになっています。
ーーそれは良かった!技術を学ぶことは、単に「できる加工を増やすこと」ではないと思っています。
作りたいものから逆算して必要な技法を選ぶこと。完成した見た目だけでなく、強度や仕上げ、量産する際の再現性とその後の修理の可能性まで考えること。
そして、自分にはない考え方に触れながら、商品を見る基準を広げていくこと。
上杉さんがこれまで培ってきた真珠への知識や感覚に、CADや彫金などの新しい選択肢が加わることで、RiLLi bijouとTOORAの表現がどのように広がっていくのか、講師としても楽しみです。
上杉さん、今日は沢山話を聞かせていただきありがとうございました!
上杉 侑季歩
ドレススタイリスト、ナチュラルコスメブランドでのバイヤー・MDを経て、ジュエリーの世界へ。
素材そのものがもつ魅力や、その生産背景を大切にしながら、ものづくりに取り組んでいる。
パールアクセサリーブランド「RiLLi bijou(リリビジュー)」を手がけ、2026年秋より新たなジュエリーブランド「TOORA(トゥーラ)」を始動
「世界にひと粒の個性を、世界にひとりのあなたへ。」
世界にたったひとり、あなたという存在に代わりがいないように。
パールもまた、ひとつとして同じ輝きを放つものはありません。
RiLLi bijouはその一粒にしかない光の個性を大切にしています。
何千という粒の中からデザイナーが恋したパールは、すべてが唯一無二で特別な存在。
なにげない日にも。心が踊るような日にも。背筋が伸びるような日にも。
あなたの生活に寄り添い、そっと背中を押すような光になることを願って。
デザイナー自身の手で仕立てる、パールアクセサリーブランドです。
今回の取材を通して改めて感じたのは、上杉さんは「分からないことを、そのままにしない人」だということです。
真珠の美しさを判断する基準が分からなければ、卸業者の方に細かく聞き、自分でも見比べて確かめる。展示会では、お客様にどう過ごしてほしいかを考え、やることとやらないことを書き出す。
最初からすべての答えを持っているのではなく、分からないことを具体的な問いに変え、人に聞き、自分で試している。
その積み重ねが、RiLLi bijouの品質や接客、TOORAの新しい挑戦につながっているのだと思います。
ラヴァーグジュエリースクールも、生徒さんにブランド運営のスタンダードを一方的に教える場所ではありません。
作りたいデザインをどの技法で実現するのか、強度や耐久性、修理まで考えるとどの方法が適しているのか。一人では経験がなく判断しにくいことを、講師と一緒に整理し、試行錯誤して自分なりのやり方を構築する。
それを実際の制作や展示会で確かめられることが、スクールの役割だと考えています。
すでに商品を作れるようになっていても、ブランドを続けるほど、新しい疑問や課題は生まれます。
そんな時に、もう一度学び、誰かと一緒に考えることは、決して後戻りではありません。
これからも講師として、経験則を教えるだけではなく、上杉さんの中にある考えを一緒に整理し、技術によって実現できる形へ変えていくお手伝いができればと思います。
RiLLi bijouとTOORAが、これからどのように育っていくのか、僕たちも楽しみにしています。
