「諦めない、止めない、継続する」
子育てと制作を両立してきた銀粘土作家の想い
アクセサリー制作を始めるきっかけは、人それぞれです。
趣味として始める人もいれば、仕事として取り組む人もいる。
今回お話を伺ったのは、銀粘土と七宝技法を使ったアクセサリー制作を続けながら、作家として活動している内田直子さん。
大人になってからアクセサリー制作を始め、子育てと両立しながら制作を続け、現在は国際的なコンテストでの受賞やオーダー制作など、作家としての活動も広げています。
しかし、最初から「作家を目指していた」わけではありませんでした。
会社員として働いていた頃、ご主人の海外転勤をきっかけに仕事を離れた内田さん。
ある日、仕事で使っていた名刺を見た瞬間、こんな感覚を覚えたそうです。
「この名刺、もう何の効力もないんだな。」
そのとき頭に浮かんだのが、
「何者でもなくなってしまう。」
という感覚でした。
そこから内田さんは、アクセサリー制作という新しい道を歩き始めます。
今回はラヴァーグ講師の岡野が、アクセサリー制作を始めたきっかけや、子育てと制作を続けてきた理由、そして作家としての考え方について話を伺いました。
特別な環境やきっかけで作家になったわけではない内田さんの言葉は
「このままでいいのかな。」
「大人になってからでもモノづくりはできるのだろうか。」
そんな気持ちを持ったことがある方の気持ちを少し軽くしてくれるものかもしれません。
記事作成:ラヴァーグ講師 岡野匠吾
アクセサリー制作を始めたきっかけ
何者でもなくなってしまうのが耐えられなかった
内田さんは10年以上前にラヴァーグに入学されていますが、銀粘土を始められた当時はどんな状況で、何故習い始めようと思ったのですか?
主人の海外転勤に伴って上海に帯同することになり、勤めていた会社を退職することになりました。
退職して次の日に仕事で使っていた名刺を見たときに、「あ、もう何の効力もないんだなこれ」って、強烈に自覚した瞬間があって。
あんなに大事にしてた名刺は、何て空虚なものだったんだろう、って。
その時に、もうここから先は「この名刺で、この立場で仕事してきて」って言われる働き方はしないようにしようと思ったんです。
会社員時代も一生懸命やっていたので役割をいただける事がありがたい事だというのは理解しているんですけど、なんか偉そうですけど、そう思っちゃったんです。
それが例えば50代で気づいたんだったら仕切り直して、そこから次の会社でリスタートしよう!って思ったのかもしれないけど、そのときまだ30代だったから、「もう踏み出すなら今しかない」ってその時は感じたんです。
後悔のない人生を歩みたかったので、未経験だけど私の人生の中でやりたいと思っている事には生涯携わると決めたんです。
そのうちの一つがアクセサリー制作、もう一つが子育て。
今しかできない子育てを楽しみたい!という気持ちも独立志向を後押ししたかもしれません。
アクセサリー制作を続けてきた理由
諦めない、辞めない、継続する
”興味を持ったものをやらずに後悔したくない”、というのが決断のベースだったんですね。
では、制作技法の中でもいくつか選択肢がある中で銀粘土を選んだのはなぜですか?
主人の転勤に伴って上海での生活が始まったんですけど、
どこにも所属していない、言葉も分からない”何者でもない人”になっている自分に耐えられなくなった。
それで向こうの大学で彫金を習い始めたんです。
言葉もよく分からない状態でしたけど、もうやらないと、何かきっかけを探すには、できるできないじゃなくて、動かないとできないから、まずは動きましょう!と思って、知人に頼んで、勢いで大学の彫金カリキュラムに通ってみたんです。
そこの先生がすごくいい人で、「きっと君は何か模索しているんだろう」みたいな感じで、言葉は通じなくても一生懸命接してくれて、周りもみんな若い大学生なのですが良くしてくれて。
「僕たちは今こんなことやってるんだよ」って教えてくれて一緒にろう付けの勉強をしてみたり、デザインを起こしてみたり。
そのうちになぜか先生が「君は彫金机を買った方がいい」と言いだして、もう必要なの?とか思ったのですがオーダーして作ってみたんです。
でも結局上海にいるうちは殆ど使わなかったんです。
その後子育ての為に帰国したある日、東急ハンズに行ったらアートクレイキット(自宅制作用銀粘土セット)が目に入って、彫金と比べて大掛かりな工具じゃなかった。
彫金机もあるし、これだったら子育ての合間に家でも出来そうだなと思って、すぐに習えるところを探してラヴァーグを見に来た。という感じです。
なるほど!
そこで彫金机が効いてくるんですね。
もの作りの線を繋いでくれる存在になってますね。
そこでアートクレイに出会って10年以上続けてこられましたが、途中で迷ったり立ち止まりそうになったことはなかったのですか?
ないですね(笑)。
始めた時に、「ああ、これは一生続けよう」と思ったんです。
諦めない、辞めない、継続する。それだけはずっと変わっていません。
思い返すと、美大受験の予備校時代の経験もそうさせている理由の一つかもしれません。
当時は美大に合格する為に毎日早朝から予備校に並んで、合格する為に必要な技術を得る為にデッサンを何千枚も描いていました。
それに比べたら好きなことを選択して好きなようにモノ作りをできている今は最高に楽しい。
そもそも興味があって好きで始めたのだから辞めない。決めたら辞めない。
ほんの少しでも自信があって、成りたい姿があって始めたのだからブレずに楽しむだけなんです。
そうやってできたものを喜んでくれる人もいる。
あとは、始めたばかりで上手くいかない時期の先生の言葉に助けられた事も非常に大きな影響がありました。
未熟な時期の先生の声掛けは時に重く響くものです。
先程の上海の先生もそうですし、ラヴァーグで銀粘土を始めた時には結城先生や宮島先生、まだ新人だった岡野先生に教わる事が多かったのですが、
「とりあえず手を動かすと材料の良さが分かってくるから、怖くないからまずやってみたらいいですよ。乾燥しても割れてもまた戻せるから。焦らなくて大丈夫!」
そんなホッとするような声がけをしてくれるので安心して取り組めた事を覚えています。
その言葉は15年経った今でも銀粘土を触る時の落ち着きに繋がっているのでありがたい言葉でした。
”興味があって好きで始めたから最後まで楽しむ”というのは本当にそうですね。そうあって欲しいと思っています。
技術と経験の足りない始めたての時期は、課題の出来に心を振り回されて「私コレで大丈夫だろうか?」と焦りを感じてしまうのは普通だと思います。
だからラヴァーグ講師は「自由なモノ作りの楽しさ」「成長の実感」を日々少しでも感じてもらいたいと思って授業対応しています。
内田さんも未経験からアクセサリー制作を始めることへの不安や抵抗はありましたか?
無かったかな。
不安や抵抗が生まれるのは「うまくいかないかも」って考えるからだと思うのですけど、上手くいかないのは“途中で辞めるから”だと思います。10年辞めずに真剣に取り組めばうまくいくと思う。
日々対応している先生方はご存知だと思いますが、習い事でもなんでも、慣れるのに5年、結果出るのに10年はかかるものだと、私は思っています。
だから、諦めずに途中で辞めずに、一生付き合おうと最初に決めたんです。そもそも楽しいんだし。
人生なんてどの世界にいてもアップダウンがあるじゃないですか。
自分にスポットが当たってる時もあれば日陰のときもあって。
日々の制作だって一緒で、もう子供にかかりきりの時って自分になんか何もスポット当たってないときだってあるけど、それでも腐らず、ひたむきに自分を信じてやるしかないんじゃないですか?
でもこれって、これから何かを始めようとしている人に一番伝わりにくい事なんですよね。
一歩踏み出してやり続けた人にしか言えない事だから。継続した事の強みって。
ふと振り返ったらいつの間にか階段が長くなってて「結構登って来たんだな」って思うんですけど、登ってる最中なんて3段先くらいまでしか見えてないから、ある程度続けてはじめて実感できています。
「続けてよかった」って。
子育てとアクセサリー制作
制作時間がなくてもモノづくりをやめなかった理由
振り返った時に「続けて良かった」と思えるものに出会えた事は素晴らしいですね!
でも、始める前に仕事や子育てをしながら新しい事にチャレンジするのは難しいのではないかと感じる人もいると思います。
実際子育てしながらの自宅アクセサリー制作はどんなものでしたか?
私は【売れ線のものや多くの人が喜ぶ商品作り】よりも【自分のしたい表現を実現する事】を制作の基準にしているのですが、正直、子育ての環境で自宅で制作を進める時間は自分が思っていたほどは取れなかったんです。
そもそも時間が取れない>作品が貯まらない>簡単にやろうとするとありきたりの物になってしまう>個性的なものを作りたい>作るにはそれなりに時間がかかる>限られた時間の中で他との差別化が難しい、と感じていました。
子供が小学校に入学するくらいまではラヴァーグに通って作業しつつ、自宅での制作はたまに触れる程度。
だからわかってはいるけどたまに工具セットが目に入ると「制作時間足りてないなぁ」と落ち込む瞬間もありましたね。
ただ、自分事にフォーカスし過ぎるとそういう状態でしたが、
子供には子供の人生がありますし、なにより産んだ以上は子供に集中したかった。
私には「自宅と学校以外に2〜3の居場所、時間を与えてあげたい」、という子育て論があるんです。
子供が自分の好きなものや感受性を育むための時間、習い事やお出掛け、体験をさせてあげたい。
だから子供が小さいうちは一旦自分の事は置いておいて、子供と、せっかくだから自分の感性も育む時間として一緒に美術館や博物館などによく出かけるようにしていました。
その時に得たイメージはアクセサリー制作を再開した現在のデザインの着想につながっています。
既に一生続けるライフワークになっていた事で、モヤモヤせずに腹落ちして子育てに向き合えたんですね!
それは子育てが始まる前に「やりたいかも」と思っていたアクセサリー制作を先に始めていたのでメリハリをつけて両方をコントロールできたのでは?
そう、かもしれない。
とはいえ、もう子供は高校生になりましたけど、今でも振り回されてはいますよ(笑)
銀粘土でつくるシルバーアクセサリーコンテスト国際展について
作りたいものを狂ったように作らないと誰の目にも届かない
その後、銀粘土との相性が良い七宝技法も学び、継続して銀粘土制作をしていく中で銀粘土の国際的なコンテストにて連続入賞という素晴らしい結果を出されています。
初めての受賞直後に、「今回を越えられないようなら次は出展しない」とおっしゃっていたのが印象に残っているのですが、出展に踏み切れた、そして有言実行で連続受賞を掴めた原動力はなんだったのですか?
前回を上回る技術力を駆使して作品として完成させたいと言う意味でそう言いました。
完成するまで手の抜けない作業が連続するであろう事は予想出来ましたし、思うような表現ができなければ出展することは辞めていました。成功するか五分五分でしたので、出展は迷いました。
受賞させていただいたことはもちろんとてもとても嬉しく、光栄なことでしたが、それは結果としてですし、締切まで余裕無く制作に没頭しました。
時間に多少の余裕が出来て、見たことのないモノ、作りたいモノを作る事にチャレンジ出来たことには、運良く与えられた時間とコンテストの機会があったからです。
結果よりも学びがあれば満足しよう、楽しもう、何かは次の制作に繋がるから。と思って臨みました。
普段、私がデザインや制作の際に一番に考えていることは、着けてくださった方が美しい佇まいでいられるかどうかです。
今回出展したこのセットは特に、本当に納得のいく角度、質感が出るまで作って潰してを繰り返しました。銀粘土の良いところは焼く前であれば何度でも塊に戻してやり直せるところなので。
何度夜中の3時に「お前じゃな〜い!」と言って潰したか分かりません(笑)
でもそうやって細部まで繰り返し追求した経験の上に完成したので、いざ同じものをオーダーいただいた時にも自信を持って依頼者様に合わせた“着けた時の美しさ“を作れるようになりました。
そういう試行錯誤の連続の上で掴んだ受賞なんですね!
逆に言うと「こうしたい!」という着地点に向かって没頭できた仕事はいつか誰かの目に止まっている気がします。
我々講師陣もプアアリの職人として新商品の企画制作をしているので「お前じゃな〜い!」の気持ちはよく分かります。
そう感じる部分は突き詰めるべきポイントであることが多いですね。
内田さんの経緯を聞いていたらなんだかこの授賞式での表情にも凄みを感じてきました。
作ることそして販売すること
欲しいと思ってくれた人が買ってくれるのが一番
自己表現だけでなくオーダーを受けて販売もされているとの事ですが、ご自身の中で「表現としての制作」と「商品としての制作」に違いはありますか?
私は店舗もECサイトも持っていないですし、積極的に売り込むということはしていません。
私自身がアクセサリー・ジュエリーを身につけて楽しむことが大好きで、ファッションに合わせて、気分に合わせて出掛けています。
それを見て同じように楽しみたいと思ってくださる方がいた時にのみご注文をお受けしています。
なので“売る為の商品を作る”という感じではなく、自己表現の延長線上で商品になったという感覚です。
ただ、買ってもらう事が最優先ではないのですが、求められた時には200%の力でお応えしています。
お手紙を添えてできる限り手渡しで納品して、それで喜んでいただければ嬉しい。押し売りはしないけど、欲しいと思ってくれた人が買ってくれるのが一番幸せだと思っています。
でも家に帰ると、主人が「売れ線いっぱい作って売っちゃえばいいじゃん。」とか言ってくるんです。
すぐビジネス視点で利益優先の方向に持っていこうとするので対立するんです(笑)
突然の旦那様のビジネス視点いいですね(笑)
でも確かに、銀粘土コンテストの展示会場で内田さんとバッタリお会いした時、ドレッシーなファッションに自作のアクセサリーがとても映えていて、セミフォーマルの場にこの装いは魅力的だな〜と感じたのを覚えています。広告効果抜群でした。
正直、展示会場で素晴らしい作品の数々をじっくり見るよりもずっと銀粘土と七宝の可能性を感じた瞬間でした。
今後も催事出展とかは考えていないのですか?
今のところは考えていませんが、でも分からない。今後も人生は長いから。
突然デパートとか、自分がお客さんとして買いたいと思う環境ならポップアップやり始めたりする事もあるかもしれないですね。
でもそうするには今より作業スピードを上げないと難しいと思います。
ロストワックスを学び始めた理由
アクセサリー制作の可能性を広げるために
確かに、ポップアップ出展するとなると安定して商品を提供できるスピードと効率も大事になってきますね。
そういえば内田さん、すでに銀粘土作家として結果を出している中で昨年からロストWAXも習い始めましたよね?
毎回手作り一点ものの銀粘土に比べてワックス制作は作業スピードや量産効率に特徴がありますが、作業スピードも見越してWAXを始めたんですか?
銀粘土作家という、銀粘土にこだわった作家を目指しているわけではないですし、私はまだまだ未熟です。
だから新しい技法も取り入れて幅を広げたい。
そして表現してみたい作品の先に、個性が可愛らしい天然石の存在があります。
地球上の私の知らない土地の中に埋まっていた原石が、わたしの手元に来るまでのドラマにはワクワクしますし、その一つ一つを似合った枠に納めて、可愛らしい作品にしたいと思っています。
銀粘土でも無理ではないのだけれど、華奢な石枠で作りたかった。
銀粘土だと純銀なので、私のイメージにあるような華奢さで作るには限度があったんです。
あとはひとつひとつの石の個性に合わせた装飾を彫り込んでいくのが楽しい!もうずっとやっていたいくらい好き!
銀粘土でもできるけど、乾燥したり割れたり制限がある。WAXだと修正も効くし、じっくり時間をかけて納得いくまで出来る。
また、ワックス技法を銀粘土と組み合わせる事で、さらに表現が広がることにも期待しています。
可能性は無限であると思っています。
内田直子(Naoko Uchida)
銀粘土と七宝技法を用いたアクセサリー制作を行う作家。
海外生活をきっかけにアクセサリー制作を始め、現在はオーダー制作やコンテスト出展など作家活動を行っている。
ブランド:cocoan
取材あとがき
取材を通して印象的だったのは、内田さんが特別な環境やきっかけで作家になったわけではない、ということでした。
海外生活や子育てなど、人生の中で状況は何度も変わりながらも、その時々の生活の中でアクセサリー制作を続けてきました。
「諦めない、止めない、継続する」
内田さんが話していたその言葉は、特別な才能の話ではなく、ただ好きになったことを続けてきた人の実感なのかもしれません。
アクセサリー制作を始める理由は人それぞれです。
趣味として始める人もいれば、誰かに届ける商品を作る人もいる。
もしかしたらこの記事を読んでいる方の中にも、「何か作ってみたい」と思っている人がいるかもしれません。
もしそうなら、まずは小さく始めてみることも一つの選択です。
ラヴァーグでは、アクセサリー制作をこれから始める方のための体験講座やスクール見学も行っています。
実際に通っている生徒さんも、それぞれ状況や環境、目的はさまざまです。
まずは講師との個別相談から、制作を始めるきっかけを見つける方も多くいらっしゃいます。
興味のある方は、ぜひ一度教室を見に来てみてください。
